Clint Eastwood

Clint Eastwood

バイオグラフィー

本名はClinton Eastwood Jr.。幼い頃、父の仕事の関係でオークランドに移住。高校卒業後、伐採工などした後、陸軍に入隊。除隊後ロサンジェルス・シティ・カレッジにて演技を学ぶ。その後ユニヴァーサルと契約するが、本格的に人気が上がるのはTVシリーズ「ローハイド」の出演から(日本でもヒットし、この時、初来日を果たす)。映画は64年にイタリアに招かれて撮った「荒野の用心棒」が世界的ヒットを飛ばしたのをきっかけにマカロニ・ウェスタン・ブームに乗り人気上昇。その後71年の「ダーティハリー」のハリー・キャラハン役でマネー・メイキング・スターのトップに躍り出た。以降、自らのプロダクション、マルパソ・カンパニーを率いて「恐怖のメロディ」で初監督。役者のみならず監督としても高い評価を受け、92年、自分の映画の師であるセルジオ・レオーネとドン・シーゲルに捧げた“最後の西部劇”「許されざる者」で念願のアカデミー作品・監督賞を受賞。監督に専念した03年の「ミスティック・リバー」では、人生の不条理と人間の心の闇を描き出した傑作と高い評価を受けたが、同年のアカデミー賞では演技部門で2つのオスカーを獲得するも、自身の監督賞と作品賞は、11部門制覇の快挙を成し遂げた「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」の前に涙を呑むこととなった。しかし翌年、女性ボクサーと老トレーナーをめぐる悲愴な人生を描いた監督・主演作「ミリオンダラー・ベイビー」を発表、再びアカデミー賞にノミネートされると、今度は「アビエイター」のマーティン・スコセッシ監督との事実上の一騎打ちを制し、みごと2度目のアカデミー監督賞(74歳での監督賞受賞は最高齢記録)に輝き、前年の雪辱を果たした。同作は作品賞をはじめ主要部門で計4つのオスカーを獲得、もはや名実ともにハリウッドを代表する映画人として誰もが認める巨匠である。また、86年からの二年間、カリフォルニア州カーメル市で市長に就任した。私生活では下積み生活を支えてくれたマギー(二児をもうける)と離婚後、70年代中盤からはソンドラ・ロックと交際(後に慰謝料などを巡っての裁判が話題に)。93年、フランシス・フィッシャーとの間にフランチェスカをもうけ、96年、ニュース・キャスターのディナ・ルイスと再婚(一児あり)した。が、14年に長い調停を経て離婚に至っている。

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